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《清教徒》の3点Re(D):二重唱"vieni fra le mie braccia"☆★MP3 [清教徒]

★《清教徒》の3幕の、アルトゥーロとエルヴィラの二重唱「わたしの腕の中に vieni fra le mie braccia」の3点Re(D)について:
 前の記事の続きですが、テノールの3点Fa(F)は論外としても、この二重唱には、原典の楽譜では3点Re(D)があるんです。二重唱なので、ソプラノも一緒に歌うわけですが、ソプラノにとって、このReが困難なものなのかどうかはわかりませんが、いずれにしても、指揮者、テノール、ソプラノとの3者によって、移調するか 、原典で行くかを決定するのだと思います。それで、ちょっとチェックできる範囲で調べてみました。
 その結果、おそらく、イタリア人テノール歌手の間では、当時は、移調して歌うのが一般的、伝統的修正というのでしょうか、当たり前だったようです。ディ・ステファノ(カラスと)、ジャンニ・ライモンディの録音がありますが、移調しています。

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パヴァロッティを偲んで:《清教徒》パヴァロッティ、RR共に初役☆MP3 おまけ3点F [清教徒]

パヴァロッティのお薦めオペラ歌手メニュー:朝昼晩とベルカント! 喉の調子は絶好調! 毎日楽しく歌いましょう!
★1968年《清教徒》:
トゥッチ(1929.08.04- )、プロッティ(1920.07.19-1995.08.10)のベテラン組に対して、パヴァロッティ(32歳)、R.ライモンディ(26歳)共に初役。

 パヴァロッティはデッカの正規録音もあるようですが、これは貴重なライブ録音といえるでしょう。当時、このアルトゥーロを歌えるテノールは、現役ではゲッタ、クラウス、 パヴァロッティしかいないといわれていたそうです。3点Do♯=Re♭(楽譜通りだと、ReとFaもある)があります。

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Bi〜s!Bi〜s!熱狂の渦 2回歌っちゃいま〜す(清教徒:ラッパを鳴らせ) [清教徒]

2回歌います
GIORGIO:ライモンディ
(リッカルドを抱きしめながら...)
Riccardo! Riccardo!
Il duol che si mi accora
Vinca la tua bell'anima.
RICCARDO:カップチッリ
Han vinto le tue lacrime …
Vedi, ho bagnato il ciglio.

GIORGIO,RICCARDO
Chi ben la patria adora
Onora la pietà!

RICCARDO
Forse, forse dell'alba al sorgere
L'oste ci assalirà. S'ei vi sarà …

GIORGIO
S'ei vi sarà? Ei perirà.
RICCARDO
Ei perirà, sì, perirà.
GIORGIO
Mia man non è ancor gelida!
Con te combatterò, sì, sì.

RICCARDO
Se armato ei poi verrà,
Per questa mano ei perirà.

GIORGIO
Sia voce di terror:
Patria, vittoria, vittoria, onor.
Suoni la tromba, e intrepido
Io pugnerò da forte;
Bello è affrontar la morte
Gridando: libertà!
Amor di patria impavido
Mieta i sanguigni allori,
Poi terga i bei sudori
E i pianti la pietà.
RICCARDO,GIORGIO
All'alba!
1971年1月27日
マッシモ・ベリーニ劇場
ガヴァッツェーニ指揮
《清教徒》
2幕最後の二重唱!

♪ラッパを鳴らせ♪

 今現在、日本では、ボローニャ歌劇場引越し公演真っ只中、続いて、NYメト日本巡業公演と続きます。
 ボローニャの口火を切ったのは「連隊の娘」ボンファデッリ&フローレスのコンビです。話題になったのは、フローレスが9連発ハイCのある"ああ、友よ、何と楽しい日"をアンコールに答えて2回歌ったことだそうです。ハイCを18回も聴いちゃった!と見に行った方達は大喜び。私はその場に居合わせていませんから、どの程度の拍手の嵐が続いての大サービスだったのかはわかりませんが、ある程度はお約束だったのかもしれません。
 映像で面白いと思ったのは、ボニゾッリのトロヴァトーレの"Di quella pira"、拍手がなりやまず、余裕のよっちゃんでスキップしながら舞台に戻ってきて歌ってました。

 さて、ライモンディもけっこうやってくれるようです。アンケンブランド著"Ruggero Raimondi Mensch und Maske"によれば、ミュンヘンでは、ギュンター・レンネルト演出、ライモンディの「ドン・ジョヴァンニ」が1973年から1981年まで前代未聞の連続上演を行い、大人気だったそうです。その時、彼がシャンパンの歌を繰り返し歌ってくれることに、観客は熱狂したとか。

 最近では、チューリッヒの「ドン・パスクァーレ」のマラテスタ(バリトン)との早口二重唱。これも、ライモンディの題名役で、定期的に上演されていて、観客はほとんどリピーター、この二重唱を2回歌ってくれるかどうかを楽しみにしている観客も多く、歌ってくれるように手が痛くなるほど拍手をする・・・と言っているファンもいます。

 上の音声ファイルはベリーニ作曲「清教徒」の2幕最後のバリトンとバスの有名な二重唱。1971年のベリーニ劇場での録音です。拍手喝采とBis,Bis!のかけ声で、ついに2回歌うに至る状況がわかります。だいたい、観客が騒いでいるのが2分半くらいですが、ずいぶんと長く感じられます。ガヴァッツェーニ大先生も根負けしてついに・・・・音はヨレヨレで悪いですが、面白いのでぜひ聴いてみて下さい。
(1971年カターニャ・マッシモ・ベッリーニ劇場管弦楽団 ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ指揮 ★1971年1月27/ 2月2, 6日公演、Colonnello演出 Kraus, Cappuccilli, R.Raimondi, Maliponte, Di Stasio)

 1973年7月10日、ミュンヘン。重くのしかかるような暑い日だった。国立劇場には、新演出「ドン・ジョヴァンニ」のゲネプロを観ようと、座席数のおよそ二倍の人々がひしめいていた。だれもがもの凄く期待しており、緊張が高まった。ルッジェーロ・ライモンディは、概ね1971年のフィエスコ役でしか知られていなかった。フィエスコは彼の新たな役とは対極の役だ。全員がいわゆる「シャンパンの歌」に向けて神経を高ぶらせていた。それから、起こったことは、ただこう描写するしかなかった。彼は来た、歌った、勝った! 長年にわたる禁欲、あるいは、困惑の解決策をとってきた末、ミュンヘンはジョヴァンニ役を創り上げたのだった。彼には彼の世代の「ドン」になってもらわなければならない。1981年3月29日まで続いた一連の上演が始まった。ごくわずかな例外を除いて、すべての上演を彼、ライモンディが、常にひとりで歌った。最初の連続上演のひとつで、彼はロンドを繰り返すことを始めた。これに対して、当然、原則的に大いに異論があった。まして、それがいつか常態になるとすればなおさらだが、当時の熱狂はとどまることなく、二度目の歌にさらに一層の期待感が高まった。彼はやるだろうか、それとも、やらないだろうかというわけだ。そして、実際に彼はそれをやった。たまの例外はあったが、常にやった。

レンネルトとの協力関係はもの凄くよかったが、苦労が多かった。ライモンディ自身、この問題について、次のように語っている。
 「ギュンター・レンネルト -- 私は彼のファンです -- との出会いによって、1973年、ミュンヘンでのドン・ジョヴァンニ役は、私の人生において最も重要な節目のひとつになりました。初めて、活気にあふれ、自由を熱望するドン・ジョヴァンニの個性を把握しました。レンネルトは、もの凄い暴君でしたが、彼から実に多くを学びました。そして、今も、また彼に巡り会いたいものだと思っています」

 この時代にまつわる話がいくつかある。演出家は、何時間ものディスカッションで、自分の主役であるスターを、肉体的にも、精神的にも、くたくたにさせることになる一方で、彼の物事に熱中するという性質を目覚めさせた。その結果、ライモンディはチケット売り場にやって来て、なんと、そこにいたチケット売りの紳士淑女に「シャンパンの歌」を歌って差し上げたのだ。いまどき、こんなドン・ジョヴァンニ(歌手)がいるだろうか。ある程度この役にふさわしい歌手のだれにしろ、自分の役にこれほど夢中になりはしない。
"Ruggero Raimondi Mensch und Maske"より

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