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パヴァロッティ没後8周年追悼コンサート (モデナのグランデ広場 / 2015.9.6) [パヴァロッティ]

 パヴァロッティの追悼コンサート、第二ブログで取り上げましたが、グランデ広場は、たくさんの人で埋めつくされコンサートは大盛況だったようです。このコンサート、恐らく恒例だと思いますが、子供の頃「パヴァロッティーノ」と呼ばれたヴィットリオ・グリゴーロが参加するのは初めてです。
 コンサート全体(多分)のビデオがYouTubeにアップされました。このビデオ、ちょっと変なんですが、グリゴーロは “Voglio Vivere Così”と“'O sole mio”、パヴァロッティの思い出の映像がいろいろ挿入されています。



・カルメン前奏曲
・10分くらいパヴァロッティ思い出の映像
・若い5人のオペラ歌手、スクーデリア・パヴァロッティ(パヴァロッティ財団選抜)登場
   "Chi è più felice di me" (Matteo Desole, Alessandro Scotto di Luzio, Jenish Ysmanov)
   ドン・ジョヴァンニから”Là ci darem la mano” (Biagio Pizzuti, Elisa Balbo)

 ??ここに突然マッシモ・ラニエリの"Marechiare"が挿入された....
   ”'O surdato 'nnamurato”
・パヴァロッティ映像
・35分 ヴィットリオ・グリゴーロ登場
  「勉強すればプリモになれる…」と言われたとかトスカの話とか....
  “Voglio Vivere Così”
・43分 マッシモ・ラニエリ登場
  パヴァロッティとの思い出話

  歌が突然カットされてるが、前に突然挿入された “Marechiare”でしょうね
・モデナの市長登場
・49分 ヴィットリオ・グリゴーロ “'O sole mio”
・55分 マッシモ・ラニエリ “Perdere l'amore”
・フィナーレ La Traviataから”Brindisi”
・最後は、思い出のパヴァロッティの映像


という流れです。グリゴーロとラニエリの二重唱で"Mamma" を歌ったという記事がありましたが、リハーサルでやっただけのかなぁ.....

グリゴーロとパヴァロッティの関連記事:
「トスカ」で共演
1990年ローマ歌劇場《トスカ》13才のグリゴーロ(羊飼いの少年):パヴァロッティ感激
13才のヴィットリオ・グリゴーロ"パヴァロッティーノ"の新聞記事

グリゴーロは2008年にシカゴでパヴァロッティ追悼野外コンサートを開催、4万人集まったとか...
パヴァロッティ追悼記念コンサートの会場、プログラム、オンライン放送について
パヴァロッティ追悼コンサート(シカゴ ・ミレニアムパーク 2008.7.26) 無事終了

存命中はなにかと話題の豊富なパヴァロッティ、人気者の宿命ですが批判されることも多かった...
関連記事: [パヴァロッティ]
・マジエラ氏 "口パク"告白のパヴァロッティ本★☆天声人語では....
・パヴァロッティの"Nessun dorma" 実は.....レオーネ・マジエラ氏近著で明かす
・パヴァロッティの足跡(2):王様に.. 
・パヴァロッティの足跡(1):王様になる前まで
・パヴァロッティを偲んで 私の一押し映画の一場面
・オペラファンには寂しいパヴァロッティのお葬式でした..
・パヴァロッティ退院
・《天声人語》:パヴァロッティ
・デタァーー!パヴァちゃん&マジエラさん《冬季オリンピック開幕式》

マジエラ氏 "口パク"告白のパヴァロッティ本★☆天声人語では.... [パヴァロッティ]

pavarotti_magiera
 パヴァロッティの"口パク"と、オーケストラの"ふり"に言及した本、レオーネ・マジエラ著"Pavarotti Visuto da vicino"が届きました。どのように書かれているのか、好奇心に勝てずにクリックして注文してしまいました。写真もいろいろありますが、マジエラ氏の著書は、いつもそうですが、声楽テクニック関係の章もありますので、オペラ歌手を目指す人にも興味深い本かもしれません。
 さて、トリノ冬季オリンピック開会式のことは、「エピローグ」という章に書かれていました。内容は、報道されている通りですが、その頃のパヴァロッティは、新しいことを覚えられないだけでなく、物忘れが激しくなり、なんの病に冒されているのかはわからなかったが、肉体的にもいつも刺すような痛みに苦しめられ、車椅子での生活を余儀なくされるような限界状況にあったということです。マジエラ氏の気持ちとしては、早く引退して欲しいという思いがあったように感じられました。

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パヴァロッティの"Nessun dorma" 実は.....レオーネ・マジエラ氏近著で明かす [パヴァロッティ]

Leone Magiera著:Pavarotti. Visto da Vicino すでにご存知かとおもいますが、バヴァロッティ氏、トリノ五輪の熱唱は“口パク”なんて記事がネットニュースで配信されました。
 私の感想は、「あ、そう」ってなもんですし、ああいう状態であれば、当然のことでしょうし、特別言いたいことは何もありませんが、レオーネ・マジエラは、ルッジェーロ・ライモンディの本を書いて下さっていますので、このブログでは、お馴染みさんですし、パヴァロッティのその"Nessun dorma"についても記事にしていますし、やっぱり取り上げないわけにはいかないでしょう.....

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パヴァロッティの足跡(2):王様に.. [パヴァロッティ]

3大テノール 世紀の競演  1961年とデビューは遅かったものの、その声と体格の良さで、あっというまに人気オペラ歌手に。一流スターのマネジメントに実績のあるハーバート・ブレスリン("王様と私"の著者)がマネージャーとなり、アメリカでの活動が中心になります。1970年代には、アメリカ全土、世界各地でリサイタルを行い、宣伝,広告によりパヴァロッティの商品価値はどんどん上がって行きました。度を越した劇場外での活動はディ・ステファノからも「我々オペラ歌手は、広告だのマーケティングによって人気を得るべきではない.....」と苦言を呈されるほどでした。

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パヴァロッティの足跡(1):王様になる前まで ★☆《清教徒》MP3 [パヴァロッティ]

パヴァロッティの本はいろいろ出版されているようですが、残念ながら、まだ読んでいません。手持ちの資料で歌手になるまでと歌手になってからの公演をまとめてみました。
★1935年10月12日 イタリアのモデナに生まれる。
モデナはイタリアの北西部のエミリア=ロマーニャ(州)のコムーネの一つで、その他に、ボローニャ、フェラーラ、モデナ、 パルマ、 ピアチェンツァ、レッジョ・エミリア、リミニ、ラヴェンナ等、お馴染みの町があります。ボローニャ出身のルッジェーロ・ライモンディが話していましたが、エミリア=ロマーニャはオペラ歌手を多く輩出している地域で、下の地域が低音、上の地域が高音とかなんとか言ってました。
 父は、パン職人で、オペラが好きで、声も良くて、エミリア地方のあちこちの劇場で合唱団員をやっていました。両親、祖母、女兄弟の中で、とても可愛がられて育ちました。天真爛漫(悪く言えば傍若無人)な性格はこのへんから来ているのかもしれません。
 ソプラノのミレッラ・フレーニ(1935.02.27-)とは、母親が同じタバコ工場に勤めていて、そこの保育園で一緒に遊んだ仲だというのは有名な話です。


オペラ歌手の勉強を始めたものの....
★1955年19才で歌手を目指し、アリーゴ・ポーラ(1922- )に師事する。

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パヴァロッティを偲んで 私の一押し映画の一場面 VideoClip [パヴァロッティ]

パヴァロッティのあの風貌あっての三大テノールだったかがよくわかる映画の一場面。

↑♪VideoClipを視聴するにはQuickTime7以上が必要です(期間限定)。
 過去記事でも紹介しましたが、再度、パヴァロッティを偲んで取り上げてみました。

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オペラファンには寂しいパヴァロッティのお葬式でした...VideoClip [パヴァロッティ]

 6日死去したイタリアのオペラ歌手、ルチアーノ・パバロッティさん(享年71歳)の葬儀が8日、故郷のモデナ大聖堂で行われた。葬儀にはクラシック界ばかりでなく、U2のボノさんらポップス界のスターたちやプローディ伊首相、アナン前国連事務総長ら各界要人も参列し、世界に慕われた名テノール歌手との別れを惜しんだ。.....栄誉をたたえて、国軍機が編隊飛行するなど、国葬級の扱いとなった。パバロッティさんの遺体が安置されている大聖堂では8日早朝から、市民らが長い列を作り、葬儀が始まるまでに約10万人が弔意を表した。
 多少の違いはありますが、配信されたニュースは上記のようなものです。クラシック界ばかりでなくですって、なにをおっしゃるのやら、クラシック界からの参列者は、それは寂しいものだったんですけど....

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パヴァロッティ退院 [パヴァロッティ]

パヴァロッティ引退!ではなくて、退院です。さよならツァーに意欲をみせているようです。
エルナーニ*歌劇最近、膵臓腫瘍が発見され手術をしたことは、オペラファンのみなさんはご存じだとおもいますが、新聞に退院したパヴァロッティの電話インタビューが掲載されたようですので、一部をかいつまんでご紹介します。7月24日付けの新聞で、退院して数時間後の電話インタビューのようですから、退院したのは23日でしょうか。

ニューヨークのセントラルパークに面したパヴァロッティの自宅マンションに電話インタビュー。2週間前に膵臓腫瘍と診断され、手術をして、数時間前に自宅に戻ったばかりであるが、電話口の声は、いつもの豊かな響きの声だったのに驚かされた。もうすぐ71歳(来る10月12日)であるが、癌の摘出という受難を切り抜け、彼の声帯は、良い状態に保たれていることは確かなようだ。

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《天声人語》:パヴァロッティ [パヴァロッティ]

本日、14日の「天声人語」にトリノ冬季オリンピック開幕式、パヴァロッティ登場のことが取り上げられていました。
全体的に何がいいたいのかよくわからない文章ですが、かいつまんでご紹介。(昔は、受験には朝日新聞の「天声人語」が取り上げられることが多いということで、受験生がいる家庭では、朝日新聞を取らなければ、というくらいそれなりに権威のあるものでしたが、今は、どうなんでしょうか、、、)

▼70才になったら、トイレでも歌わないし、シャワーを浴びるときも歌わない.... 。テノール歌手パヴァロッティが、2005年の70才の誕生日(10月12日)を限りに引退すると述べたと報じられたのは4年前だった。その人が、トリノ冬季五輪の開幕式に登場して歌った

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デタァーー!パヴァちゃん&マジエラさん《冬季オリンピック開幕式》 [パヴァロッティ]

開けてびっくり玉手箱!でしたね。オペラハウスさながらの赤い幕がゆっくり開くと、あれぇーー! お久しぶりぃ、元気だったのねぇ、、
オペラファンにとっては、ちょっと嬉し恥ずかし複雑な気持ち。だって、最初に思ったのが、自分で立っているのかしら、、、ということなんです。
ご覧になった方も多いと思いますが、やっぱり、、です。
幕が開いたときから、そこにいましたし、一歩も動きませんでした。床までのながーーいマントを着ていたということで想像して下さい。マジエラさんは、とても若々しくお元気そうでした。70そこそこですからそれが当たり前なんでしょうけれど。
まだ、お二人で、さよならツァーで世界を回っているのでしょうか。どうせなら、フレーニにも出て欲しかったですね!
アッ、歌ったのは、"ネッスンドルマ"です。

2005-08-21の記事で、パヴァロッティと指揮者のマジエラ氏についてちょっと書いていますので、参考にどうぞ。


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