So-net無料ブログ作成

息の長さ:カップチッリのシモン [シモン・ボッカネグラ]

DOGE:
Figlia!... a tal nome palpito
Qual se m'aprisse i cieli...
Un mondo d'ineffabili
Letizie a me riveli;
Qui un paradiso il tenero
Padre ti schiuderà...
Di mia corona il raggio
La gloria tua sarà.

AMELIA:
Padre, vedrai la vigile
Figlia a te sempre accanto;
Nell'ora malinconica
Asciugherò il tuo pianto...
Avrem gioie romite
Note soltanto al ciel,
Io la colomba mite
Sarò del regio ostel.

DOGE:
Figlia!...
 本日のお題は、声を長く伸ばすこと、叫ぶのではなく、すーっと美しく長くのばすテクニックって難しそうですね。
オペラ好きといっても鑑賞の仕方にそれぞれ違いがあるようですが、中には、高音にゾクゾクする人、声をどれだけ長く伸ばすかに関心がある人も多いようです。あと、声の大きさもありますね。まあ、これは、聞こえないと困りますが、ただ大きいだけというのは問題外ですよ...ね。
 声を長く伸ばす、ということで、思い浮かぶのは、《トスカ》の"ヴィットリア!ヴィット〜リア"と《ワルキューレ》の"ヴェルゼ!ヴェ〜ルゼ"でしょうか。
 最近では、やたらに伸ばすのは流行らないようですが、でもたまに延々伸ばす歌手さんに遭遇することもあります。私は、あまり長いと、自分が窒息しそうになるので、そこそこがいいですけど。
 さてと、先日注文したCDが届きました。とりあえず、チェックのため流してききましたが、《シモンボッカネグラ》で、いつもは気にならなかったところが気になったんです。
 カップチッリがシモンを歌っていますが、気になったのは、アメリアが自分の娘と分かった喜びを歌うところの最後の"figlia"です。いつもよりちょっと伸ばしすぎじゃないの......と感じました。
 カップチッリのシモンはスタジオ録音のも持っていますが、それでは気になりませんでした。その部分だけ比べてみましたが、2〜3秒違うかな....という程度です。アップしてみますが、どうでしょうか。この歌ご存知ではない方も聴いてみて下さい、最後の最後の"フィ~リア"の部分です。ずいぶん長くかんじませんか? そうでもないですか。
 ということで、なにがいいたいかというと、1、2秒でもずいぶん違って感じるということ、それだけなんですけど。わぁーー、くだらない!でしたか。
※音源は、1977年スカラ座海外(ロンドン・コヴェントガーデン)ツアー(録)

 参考までにレオーネ・マジエラ氏は、その著書の中で「カップチッリの息の長さ」を次のように語っています。
『このトリエステ出身のバリトンは、すさまじい声楽的技術に精通していた。彼の息(呼吸)は、悪乗りして時々非常識ともいえるような限界までのばしたりしたが、ギネスブックの最高記録かどうかはともかくとして、とにかく信じられないような長さを保った。
時に、5から6フレーズの間をスラーでつないだりした。もちろん音楽面では、議論の余地のある行為であるが、テクニックの面からいえば驚くべきことである。』

※全文は2006-03-16の記事ビルバオ(2)カップチッリとライモンディ
関連記事:2005-05-27記事オペラの演出(アバド&ジョルジョ・ストレーレル)
参考:シモン・ボッカネグラ録音一覧

nice!(0)  コメント(14)  トラックバック(1) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 14

euridice

確かに長いかも.... 三分の二ぐらいのところで、いつまでやってんのぉ〜〜って思いました^^;

>ヴェ〜ルゼ
延ばしている間にお話を忘れちゃいそうだったり、ストップウォッチ持ってくればよかったと思ったり、永遠に続くような気がしたりしたのは、新国のワルキューレ、ロバート・ディーン・スミス
by euridice (2006-06-07 20:44) 

ヴァラリン

シモンはお初です(^^;
へ~長いんだ…と思いながら聴いたせいかもしれませんが、やっぱり長いと思いましたよ!

>三分の二ぐらいのところで、いつまでやってんのぉ〜〜って思いました^^;

に異論はないです…確かに、ほんの数秒のことなんですけど、ネ。
by ヴァラリン (2006-06-07 21:16) 

15秒!(笑)
確かに長いですね。ハープ(?)の伴奏が途中で足りなくなっちゃった。
そういえば、私の好きなバリトンもロングブレス君なもんで、(でもべつにブレスが長いから好きだというわけじゃないんですけど)それでいくらか慣れてるせいか、ギリギリOKな長さでした。あと2秒長かったら窒息するかもしれません。

なんでしょう、切るのに丁度いい拍数の倍数でもあるのかなぁ。ここまで伸ばしちゃったらあと3拍分伸ばさないとヘン!とか。
by (2006-06-07 23:06) 

euridice

もの好きに六つのヴェ〜〜〜ルゼ〜〜をチェックしてみました。物理的な長さと感覚的な長さは違うような気もします。同じ時間でも、長く感じたり、短く感じたりしますね。実際の時間は短いのに長く感じたり、その逆も。この場合は実際に伸ばす部分が微妙に違うし、伸ばしている間が平板か微妙な抑揚があるかなども感覚的な違いを生じるのではないかと思います。
ヴェルゼ、ヴェルゼと二度叫ぶわけですが、単純に二度合わせて、約12秒〜20秒の範囲。最短(ブーレーズ指揮、シェロー演出のライブ)も最長(バレンボイム指揮、クプファー演出のライブ)もホフマンでした^^;
by euridice (2006-06-07 23:46) 

keyaki

edcさん、ヴァラリンさん、りょーさん、コメントありがとう。
やっぱりちょっと長いですよね。
マジエラさんも言ってますけど、悪のりしちゃうというか、楽しんじゃってるんじゃないかな、外国だし、これはコヴェントガーデンでの公演。もう一つ別の録音もワシントンなんだけど、同じように長かったんですよ。だけど、スタジオ録音とかスカラ座のは、ブルゾンと同じ位で、特別長く感じないんです。
きっと、あとで、娘役のフレーニから「ピエロ、のばしすぎよ」なんて言われているかも。(笑

>ヴェ〜ルゼ
新国の長かったですよね、あそこしか印象に残ってない、でもきっと正味10秒位だったんでしょうね。
by keyaki (2006-06-08 00:07) 

keyaki

euridiceさん、二つ合わせてということは、間でブレスが入っているので、長くても10秒位ということかしら。
フィーリアは静かに歌わなくてはいけないので、テクニック的には難しいような気がします。
指揮者によって違うでしょうけど、またその時々で違ってくるんでしょうけど、すごくのばすと話題にはなるでしょうね。
カップチッリのは、さっき書きましたが、スカラ座のは普通の長さ、コヴェントガーデンのは長いのですが、両方ともアバドです。
たとえば、大サービスで2回歌っちゃう時なんかも、事前に指揮者との約束があるようですね。
by keyaki (2006-06-08 00:49) 

助六

何という幸福!! またまた貴重な記録をありがとうございます。

この父娘再会のデュオはヴェルディが書いたバリトンとソプラノのための最も美しい2重唱だと思ってまして、何度聴いてもたとえ演奏は稚拙でもいつも込み上げる感動を抑え切れません。ですから最後の「フィ~リア」は小生には多少長くても非常に長くても、失神直前のエモーションを処理し余韻の形に変えてくれる瞬間として、いつも自然に響きます。
そしてカップチルリ、フレーニ、アバドの3人とも素晴らしいこと!ネット音声でも感動してしまいます。カップチルリも当時47歳で声そのものの力も充分だった上シラブルごとに慈愛が滲み出すような歌い口が驚異的、これだけの声と歌唱なら最後を締める「フィ~リア」も、技術的にも弱音のディミヌエンドを瑕疵なく引っ張れ、情緒的にも感動を最終的に完結させる必然性を持つから、好きなだけ伸ばして構わないと思うし、実際小生は全く長いとは感じません。実際の舞台上演では尚更そうだったろうと思います。「di quella pira」の声楽的エグジビションとは何の関係もありません。そして2人のイタリア語の美しさ!アバドの後奏も大小様々なさざ波が輝きながらひたひたと押し寄せてくるような。
これに較べたら先頃のバスチーユのC・アルバレスのシモンなんか輪郭の引き締まった気品ある歌唱だったけど滋味深さでは雲泥の差、01年パルマの「シモン」だってアバドの指揮は相変わらず驚天ものだったけど、チェルノフ、メシェリアコワの歌唱はドン底以下でしたなぁ。
81年のスカラ東京公演の時は、カップチルリもそろそろ声の威力を失い始めた
のかなという頃で、この録音のように「いくらでも飛ばせる人が敢えて抑制してる」と言うより、「声も役柄に近づいたのかも」という感じでしたねぇ。「フィ~リア」もここまで長くなかったような気がします。東京公演もNHKが放送したし25年経ったからそろそろどこかからCDが出てくるかもしれませんね。

この録音で特に長い理由を推測すると、
1)「フィ~リア」は父娘再開後グリマルディ家の宮殿内に戻っていくアメリアを見送ってシモンが佇む場面で発せられ、ストレーレルの演出でも振り返りつつ去っていくフレーニをカップチルリが陶然と見送っていた。ロンドンでは舞台の広さの違い等の理由で、フレーニが去っていく間合いが少しずれたのかも。この場合は舞台裏で2人はケラケラ笑ってただろうね。
2)上に書いたように伸ばす技術的・情緒的必然性がある。特に実際の上演では感動のポイントが強調されがちで、客も現場ではそれを効果が強調されたとは感じず自然に受け取る。特に1)の条件が重なってたりすれば尚更。
3)特に外国での初回引越し公演なんて場合は、やる側にも特別の緊張感が加わって(初来日のときもそうだった。オケと合唱はミラノではまずないほどのド迫力だった)、この種のポイントは強調されがち。
by 助六 (2006-06-08 08:09) 

keyaki

助六さん、私もこの父娘の二重唱大好きです。
この記事を読んだ知人から、このフィリアの長さは、NHKのとか、スカラ来日公演でも話題になった記憶がある....と連絡をもらいました。さっそく1976年のNHKイタリア歌劇団の録画を見てみましたが、やっぱりかなり長いです。

助六さんの説明は、説得力があって、納得です。
アメリアを見送りながらフィ~リアと歌っていますから、舞台から消えるまでのばすのが、妥当ですね。
アメリアを目の前にして手をとりあってのフィ~リアと歌う演出でしたら、それほどのばせないでしょうね。

今回のパリのシモンは写真で見る限り、舞台装置らしきものはないようですが、フィ~リアの場面の演出はどんなものだったのでしょうね。DVDになるようですが。
by keyaki (2006-06-08 22:15) 

たか

はじめまして。keyakiさんのライモンディへの情熱には本当に頭が下がります。このカップチルリの記事も興味深く拝見させて頂きました。ドリームライフから出ていた同一キャストのパリオペラ座でのDVD(78年収録)を持っているので早速確認してみたのですが確かに長いですね。こちらもほぼ15秒かかっています。フレーニは10秒ぐらいの時点でとっくに上手にはけてしまいカップチルリは最後の何秒かは下手側を見て歌っているのでフレーニの間合いがずれたということではなさそうです。でも音だけを聞くと確かにやりすぎにも聞こえますが映像を通してみていた時はここまで長いことに気が付きませんでした。当日の観客もきっとそうだったのではないでしょうか。81年の日本公演のカセットが押し入れに眠っているはずなのでそれも今度チェックしてみます。それにしてもこの演出は印象的ですね。日本公演は当時テレビで放送され当時の私は筋書きはほとんど理解できませんでしたが帆船の前のフレーニが未だに脳裏に焼き付いています。ですのでパリのビデオはありがたいですが画質がイマイチなので日本公演のDVD化を期待したいものです。同一キャストで79年にミラノで収録した映像もあるそうです。
by たか (2006-06-20 21:57) 

keyaki

たか さん、いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
ストレーレルの演出=アバドがシモンでは定評があるのに、いい映像が残ってなくて残念ですね。

>ライモンディへの情熱
話題が豊富で、共演者も素晴しいので、まだまだ楽しませてくれそうです。
by keyaki (2006-06-20 23:54) 

たか

keyakiさん、こんばんは
実はカプッチルリには個人的な思い出があります。以前日本にもファンクラブがあって来日する都度集まっていたのです。プライベートのカプッチルリは舞台での堂々とした風格とは反対に繊細な紳士という印象でした。千葉の村瀬さんという方が主催されていました。ライモンディはファンクラブはあるのでしょうか? 私が初めて聞いたイタリアオペラはカラヤンのアイーダとトスカでしたので両方ともライモンディが出ていますよね。カラヤンが80年にザルツで振ったヴェルディのレクイエムもとても印象に残っています。もしファンクラブなどがあれば私も参加したいと思います。
by たか (2006-06-21 22:30) 

keyaki

たかさん
>ファンクラブ
ライモンディのファンクラブはないとおもいます。
カプッチルリが交通事故に遭ったときはファンクラブの方達、大変だったでしょうね。

ライモンディは、今でこそスカルピアの第一人者?といってもいいくらいですが、これもカラヤンのお蔭ということですね。普通はバリトンの役ですから、カラヤンからの依頼がなければ、一生歌っていなかったかもしれません。

>80年にザルツで振ったヴェルディのレクイエム
フレーニ、バルツァ、カレーラス、RRのですか! 素晴しい実演に接していらっしゃるんですね。
下記にカラヤンとの公演をまとめていますが、いろいろご覧になっているんですね。また思い出話なんかをコメントして下さると嬉しいです。
http://www.geocities.jp/cantante_espressiva/karajan.html#karajan1980aida
by keyaki (2006-06-22 01:23) 

たか

>ファンクラブ
退院した頃に会長の村瀬さんがイタリアの自宅までお見舞いに行かれました。村瀬会長も大変熱心な方でした。

>カラヤンのトスカ
私もこれは好きな演奏ですが、今聞き返すとプッチーニにしてはオケの音が重たいかな。蝶々婦人やトゥーランドットのようにオケがウイーンだったらもっと良かったかも。それにリッチャレルリはトスカやトゥーランドットをカラヤンに歌わされたから大成しなかったという評価もあるみたいですね。トスカは演奏会形式で歌っただけだし、トゥーランドットは舞台では歌っていないと思いますがそんなに影響するものでしょうか。少なくともリッチャレルリのアイーダよりは数段合っているように思います。フレーニはアイーダまで舞台で歌ったけど大成しましたよねえ。カラヤン以外の指揮ではアイーダは歌わないって言ってましたが。

>ヴェルディのレクイエム
いやいや放送で聞いただけです。私は小学生でしたので(^^;
それでもこの演奏のインパクトは強烈でした。カセットも残っているはずです。81年のスカラ座の来日公演も良かったですけどね。あのころは本当にいい時代でしたねえ.....
by たか (2006-06-22 22:46) 

keyaki

たかさん
>私は小学生でしたので(^^;
お若いんですね。

リッチャレルリは、リューを歌ってますね、舞台では。彼女も、充分大成した歌手だと思います。ソプラノはほんの数年で消えてしまう方も多いですから。
歌手生命になにが良くてなにが悪いかって、歌手さん自身いろいろ言ってますが、個人個人で違いますから、難しいですね。
フレーニは、スカラ座で映像にもなっていますが、エルナーニのエルヴィーラは、ムーティの要請で歌ったが、自分には合わないので、ワンシーズンでやめた、、、なんて話をしてます。
いろいろあるんですね。
by keyaki (2006-06-23 10:07) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1