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パヴァロッティを偲んで:ヴェルディ《エルナーニ》1幕☆★VideoClip [エルナーニ]

 エルナーニってなぁに? というくらい知られていないオペラのようですが、ヴェルディ好きで女声よりも男声よ!という人には、はずせない演目ですが、めったに上演されません。テノール、バリトン、バスの3人それぞれが、主役を張れる歌手じゃないと面白くないせいでしょうかね。
 例えば、ミラノ・スカラ座では、1969年ヴォットー指揮、これはドミンゴのスカラデビューでもあるんですが、その次は、13年後の1982年ムーティ指揮、ドミンゴ、ブルゾン、ギャウロフ、その後は、多分やってないんじゃないでしょうか。ヴェルディの上演が多い、ヴェローナ音楽祭でも1972年に、コレッリ、カップッチッリ、ライモンディで上演してその後やってません。ソプラノも難役で、フレーニが、ムーティにぜひにと言われて断りきれずにというか、ギャウロフが出ていたせいかも、いずれにしてもエルヴィーラを歌いましたが、今後は歌いません!と宣言したとか.....

  ↑『運命の角笛』を背負っているパヴァロッティ、かわゆいでしょ。
さて、NYメトでは1970年にベルゴンツィ、ミルンズン、ライモンディで上演していますが、これは、ルドルフ・ビングが若手バス歌手ライモンディのメトデビューために選んだ演目といえるでしょう。次は、13年後の1983年、パヴァロッティ、ミルンズ、ライモンディ、幸いなことにこれがTV放送されましたので、DVDで発売されています。パヴァロッティを偲んで、このメト版《エルナーニ》を紹介します。ムーティのミラノ・スカラ座のとは音楽的にもかなり違いますし、この3人の歌手、見てくれもみなさん華がありますし、台本に無理があるとかいわれていますが、この3人なら納得しちゃいますし、実に面白いと思うのは、私だけなのかなぁ。
 私の場合は、オペラに興味を持って、とりあえずは、ライモンディの出ているものは、CDでもビデオでも片っ端から買ったわけですが、この《エルナーニ》が本格的なオペラ舞台のビデオ初鑑賞、ほんとうに吃驚仰天でした。まず、歌手のみなさんのりっぱなこと男性の平均身長192センチ、ソプラノのレオーナ・ミッチェルの胸に目が釘付け、そしてソリストがアリアを歌っている間、後ろの合唱団が、ピタッと動かないこと、へぇーーがいっぱいでしたが、こういう時代物が好きですし、ズンチャッチャと音楽も威勢がよくて気に入りました。
原作はヴィクトル・ユーゴー(1802〜1885)の同名戯曲、ヴェルディの5番目のオペラで、1844年の初演は大成功でした。音楽的にみると前作の《ナブッコ》よりも進歩した点が数多くあると言われていますが、めったに上演されないのは、私は男声歌手3人を揃えるのが難しいからだと思っていますが、台本の筋がまとまりがなく複雑だからと解説には書いあります。しかし《ナブッコ》より分かりやすくて、ちゃんと筋が通っていると思いますけどね。
登場人物:
☆レオーナ・ミッチェル:エルヴィーラ(ソプラノ)

エルナーニと相思相愛、シルヴァの姪

★エルナーニ:ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール)
実はアラゴンの若き貴族ドン・ジョヴァンニ。ドン・カルロの父に財産も奪われ父も殺されたためにエルナーニと名前を変え山賊となり、父の復讐を誓っている。

★カスティリアの王ドン・カルロ;シェリル・ミルンズ(バリトン)
エルヴィーラにご執心で、我がものにしようとしているような悪い王様なのに、神聖ローマ帝国の皇帝に選ばれた途端に、慈悲深い良いひとになる。
テノールに近い高音域のバリトノ・カンタンテの難役

★大公ドン・ルイ・ゴメス・シルヴァ:ルッジェーロ・ライモンディ(バス)
可愛い姪のエルヴィーラの後見人で、自分の花嫁に迎えようとしている。掟と名誉が、自分の首より大切な老貴族。

 以上のようにエルヴィーラを巡る3人の男の4角関係なんですが、このシルヴァ老人が、頑固というか、男が一旦口にした約束は守らないなければならない、という人物なのが、話をややこしくしているのかもしれませんが、こういうのってよくありますよね。それに、3人の男たちの身勝手さ、愛していると言いながら、誰もエルヴィーラのことなんか考えてないんです。可哀想なエルヴィーラ。

1幕1場:アラゴンの山中
山賊たちは首領のエルナーニのまわりに集まっている。→写真左上ビデオクリップ
明日は、恋人のエルヴィーラが叔父シルヴァと結婚させられるので、彼女の救出を手伝って欲しいと頼む。みんなで花嫁略奪のためシルヴァの城を目指して出発。

1幕2場:シルヴァの城の中のエルヴィーラの部屋
VideoClip結婚式を明日に控えたエルヴィーラ。エルナーニが城から連れ出してくれるのを心待ちにして、「あの、いやらしい老人はもう帰って来なければいいのに、エルナーニ、早く私を連れて逃げて」と歌う。女官たちが、シルヴァからの結婚の贈り物を持って来て、祝福するが、心ここにあらずで、寝室に引き上げる。そこに、国王がお忍びでやってきて、エルヴィーラを連れて来るように命じる。彼は、エルヴィーラに愛を語り、強引に連れていこうとするが、エルヴィーラは短剣を抜き身を守る。そこに、間一髪エルナーニが現れる。 あわや決闘という時に、今度は、帰って来なきゃいいのにと言われていたシルヴァが帰宅。花嫁の側に男が二人いるのを見て、愛するエルヴィーラに裏切られたと我が身を嘆く"Infelice e tuo credivi"。そして、国王とは気づかずに「老人だと思ってバカにするんじゃない! 恥辱を受けた名誉は償われずには済まぬぞ、決闘だ! 外に出ろ!」と二人に迫る。→ここから写真右上ビデオクリップ
そこに、国王の使者が城に到着して、「このお方は、国王陛下なるぞ」と告げる、シルヴァは驚き、そんなお忍びの姿で、どういうご用件で我が城に....と尋ねる。国王ドン・カルロは、「いやぁ、ちょっと相談したいことがいろいろあって...今晩泊めてくれるかな、それで、あそこの男は、私の部下なんで釈放するぞ」とうまくごまかす。エルナーニは、父の仇と狙う相手に部下よばわりされ、頭に来るが、エルヴィーラに、一旦逃げて下さいと懇願される。カルロとシルヴァは、皇帝選挙の話なんぞしている間に、エルナーニは闇に消えます。
この、国王とわかった時の、シルヴァの狼狽ぶりと、ドン・カルロのごまかし方と、仇に命を助けられたことに戸惑うエルナーニ、そしてエルヴィーラの必死の懇願、それぞれの怒りと落胆がこめられたソリストたちの歌に合唱が加わり、混乱と騒動の中、大変盛り上がって幕が降ります。

※参考:レオーネ・マジエラ著"Ruggero Raimondi"から
指揮者のガヴァッツェーニは、ルッジェーロに若いアーティスト達にいつも受けさせるマラソンのようなオーディションを受けさせた。2回"O tu Palermo"を彼に歌わせて、それから次に総合的に音を持続する能力を審査するためにナブッコのアリアと、"Infelice e tuo credivi"(エルナーニのシルヴァのアリア)とドン・カルロのフィリッポの大アリアの3つのアリアを歌わせた。
関連記事:
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オペラファンならニヤリ!とする映画(9)《フィッツカラルド》続き:エルナーニ


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コメント 6

euridice

この映像、好きです。ばかばかしくてわくわくしますね。昔懐かしい時代劇の乗りがいいです。わざとらしい大芝居で決まっています。初めて見たのが、オペラに慣れていなかったころで、エルヴィーラのまるで破裂しそうなカエルのお腹を思わせる胸には、唖然でしたけど・・しかも、衣装が光り物の緑ときては・・

シルヴァがびらっと抜き身の剣を取って、大牧場は緑みたいな旋律の歌を歌うところ、最高です!

完全に個人的なことですけど、エルナーニが我こそはアラゴンのドン・ジョヴァンニと名乗るところで、かつての知人、それこそアラゴン王家の末裔、×××・ド・アラゴンさんを思います。いつも名前で呼んでいたので、出自とその姓を知ったときには、なんだかすっごいと思ってしまったものです。スペイン人らしく小柄だけど、なかなか男前の神父さんですが、今も日本のどこかで働いていらっしゃるかもしれません。
by euridice (2007-10-03 14:58) 

keyaki

そうそう、こういうのは、ど派手にやってくれないとね。
まじめくさってやっているスカラ座のは、ぜんぜんワクワクしませんもの。
シルヴァのこの歌もスカラ座はカットですしね。

>エルナーニが我こそはアラゴンのドン・ジョヴァンニと名乗るところ
2幕ですね。次回にビデオクリップ出します。
by keyaki (2007-10-03 15:19) 

Sardanapalus

長身の男声陣に豪華な衣装が映えて素敵ですね~。こういうオペラには豪華な演出がぴったり!音楽的にもご機嫌なんですね。今度ビデオでもあさってみます。

>『運命の角笛』を背負っているパヴァロッティ、かわゆいでしょ
ここを読むまで角笛に気付きませんでした(^_^;)体にかくれちゃってほとんど見えませんね…。

>後ろの合唱団が、ピタッと動かない
特に1幕のパヴァロッティの後ろで見張りをしている2人が見事に固まっていて感心してしまいました。最初は書割かと思っていたくらいです(笑)合唱するときも、プリンシパルたちとは一線を画して整列、これがいわゆるオペラの「棒立ち」演出ですよね。今はこういう演出がはやらないから、上演機会も減ってくるのかもしれませんね。デ・アナの演出なんて良さそうですけど。
by Sardanapalus (2007-10-03 20:34) 

keyaki

Sardanapalusさん
>これがいわゆるオペラの「棒立ち」演出......
えぇーー、私は、これがオペラだとおもってるんですけど、流行らないって、そんなぁ....だって、アリアのところは、時間が止まってるってことでしょ。
トスカでも、あのトスカの長いアリアで、スカルピアがピタッと静止しているのが好きです。
by keyaki (2007-10-03 20:43) 

助六

素晴らしいヴィデオ・クリップのプレゼントに感謝です。

私も「エルナーニ」大好きなんですが、悲しいかな舞台に接した経験はゼロ。
「アッティラ」だの「ジョヴァンナ・ダルコ」だの「海賊」だのにはぶつかったんですが、「エルナーニ」は「運命の力」と並んで、舞台を観たくて観れてないヴェルディの一つです。

やっぱり「運命の力」同様、4人ズラリとそれなりの歌手を揃えないとしぼんじゃう作品だし、特にテノールとソプラノは歌える人があんまりいないからなんでしょうね。

これは初演当時からそうだそうで、最初予定されたテノールは歌い切れずに降板してしまい、替わって創唱したテノールについてもヴェルディは「声が出ない上、とんでもないしわがれ」とか毒づいてますわ。グアスコというそれなりのテノールだったんですけどね。

ソプラノはレーヴェというドイツ人歌手で、ヴェルディのお気に入りでマクベス夫人を提案されたけど断った人。これまたヴェルディは「あれ以上不正確に歌うのは不可能」とか厳しく、今のウルサ方批評家以上かもね。レーヴェは「エルナーニ」初演4年後に結婚して引退、ヴェルディで声潰した形らしい。当時から大変だったんですね。

男声3人集めるのも大変でしょうが、私はやはりソプラノが最大のネックになってるのではと想像してます。ノルマやアンナ・ボレーナ「一応」以上に歌える人が今なかなかいないのと同じ。テノールはアラーニャなんか歌える可能性があったと思うけれど、もう歌わないでしょうね。

82年スカラ上演の時は、最初のパリ滞在時で行きたかったのですが、到着して間もなくで取り込んでたし、翌春のアバドとホフマンの「ローエングリン」を逃したくなかったので、年2度ミラノに行くのは難しかった。
このスカラ上演、ムーティのスカラ開幕初登場だったんですが、初日は公演中ぶっ続けのブーで騒然となったそうで、それで話題になった公演でした。ドミンゴ、フレーニ、ギャウロフに敢えてケチつけるのは不可能ではないにしても、今聴いてみても、特に当時・現在の標準的ヴェルディ上演の質からすれば、実に立派な演奏で、当時も「誰も何であんな騒ぎになったのか分からない」なんて報じられてました。オケもはちきれんばかりに鳴ってるしね。フレーニもミミがエルヴィーラをここまで歌ったのは奇跡に思える。もうこのレヴェルの「エルナーニ」上演は一生聴けそうもないから、今になると悔やまれます。

その後も90年代初めあたりに、フェニーチェやマルティーナ・フランカとかであった気がするけれど、前者は配役が冴えず、後者は確かラ・スコーラとデッシで、ネモリーノとアディーナに「エルナーニ」歌わせようという例のチェレッティ先生の意図は想像付くものの、やっぱりショボそうだし、わざわざ出かける気にはなりませんでした。
あと90年代終わりに、ヴィーンで小沢とシコフで新演出が出て驚いたけれど、小沢さんの初期ヴェルディは、ちょっと「怖いもの見たさ」の感。評判どうだったんでしょうね。数年前もチューリッヒであったけど、やはりシコフだとウ~ンというとことで、毎回気にはなるんですがケチなもんで、こんなことを言っていると一生見れませんね。

「エルナーニ」は、力瘤が盛り上がるようなエネルギーの爆発、カバレッタの明け透けなパンチ力連発がこれぞ初期ヴェルディ丸出しという感じで大好きですねぇ。
心理表現なんかなくて、単純明快なパッションが強烈に連続していくところが痛快で効し難い。ヴェルディはユーゴーについて「他の作者は効果を求めるだけだが、ユーゴーは出発点に人物の強烈な性格があるところが違う」みたいなことを言っていたと思いますけど、「人物の性格」とは言っても、やっぱり心理というより単純で類型的なパッションというとこが、ロマン派演劇であり、初期ヴェルディなんでしょうね。
ユーゴーとか仏ロマン派演劇は、勧善懲悪・お涙頂戴・サスペンス満載の大衆
メロドラマに多くを負ってるんでしょうし、相当趣味悪いところが魅力。ヴェルディが入れあげてた「ロマン派演劇」ってどんなものかと思って、コメディー・フランセーズにユーゴー見物に行ったことがありますが、今の演出・演技だと、やっぱりエネルギーを内面化して、大芝居というよりそれなりに知的に抑制された佇まいにして上演してますね。でもヴェルディ時代はいかにも大見得切ってやってそうですね。

ただ演奏で問題になるのは、チェレッティ氏が言うように、初期ヴェルディはやっぱり興奮一本やりの闘技場ではなくて、「美しい」ベルカントを多く引きずってること。確かに耳凝らすと、エネルギーの爆発に挟まれてエレガントなフレーズも多くありますよね。
やはりパヴァロッティは、ドミンゴと比べてもその辺が見事。当時は声も素晴らしいし、力とスタイリッシュなフォームのバランスが泣かせますね。
レヴァインの指揮は、「うるさくて品がない」といった類の意見も出そうだけど、初期ヴェルディのリズムを違和感なく刻む劇場感覚の確かさだけでも立派なものかも。ムーティの方が、力瘤では負けず劣らずとは言え、一応フレージングの質に留意してる部分は感じます。
ミッチェルは80年代結構パリで歌ってて、ミミとか「三部作」とかプッチーニを聴きました。スピントな声だけど、ちょっと粘っこいんですよね。

パヴァロッティもライモンディもちゃんとカバレッタ繰り返してますね。ガヴァッツェーニ先生の録音も結構省略してたような。歌手の負担は増えるのかも知れませんが、聞き手としてはこの二人なら繰り返してくれた方が、快感も倍加する感じですね。
by 助六 (2007-10-04 09:52) 

keyaki

助六さん、興味深いお話ありがとうございます。
確かにソプラノ2オクターブを行ったり来たりみたいで、声潰しそうですね。フレーニは、横隔膜がダメになるって言ってますけど...

メトのレヴァイン版で聞き慣れると、他がものたりなくなります。
2幕では、あとで書き加えたテノールのアリアがありますが、これがマクベスのマクダフのアリアを彷彿とさせ、パヴァロッティだからかもしれませんが、なかなか聞かせます。
by keyaki (2007-10-05 01:30) 

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